ダライラマ六世、その愛と死

宮本神酒男訳

5 少年の悲しみと喜び

 山の上はつつじが咲き誇っている。地上には青い草が生い茂っている。天は高く雲がかぎりなく白い。チベットでは春の翼はモンユル地方から広がる。

 三頭の大きな牛と一頭の小さな牛がゆっくりと、のんびりと村の外へ移動していく。その後ろを歩く牧童は、六歳のガワン・ギャツォだった。

 透き通った歌声は暖かい風に乗って漂っていた。

 

牛さんよ、ぼくは叫ぶ、行け、牛よ。

牛さんよ、はやく、はやく。

その声が山に響くよ。

こんなに心をこめて歌うのははじめてだ。

牛を呼ぶ声、これがぼくの歌。

 

牛さんよ、ぼくは叫ぶ、行け、牛よ。

牛さんよ、はやく、はやく。

その声が水辺を渡るよ。

牛の足跡をじっと見る。

こんな絵柄ははじめてだ。

 

永遠にぼくと牛は離れない。

牛の鳴き声がぼくは大好き。

ああ、ルルルル……。

 

 突然、木の後ろから角のない小牛が飛び出てきてモーモーと鳴いていた。ガワン・ギャツォは唖然としていたが、すぐ飛び跳ねんばかりに喜んだ。

「ガンツ! 牛の物まねは君だったんだね」

「お父のこと覚えてるかい? 物まねなんて何の役にも立たないさ。それより君の歌とてもいいよ。だれに教わったの?」

「おっ母が教えてくれたんだ」

「ぼくにはだれも教えてくれない。お父はもう歌わないんだ。だから教えてくれるわけがないんだ」

「どうして?」

「音痴だってみんな言ってるよ。牛が鳴いてるみたいって」

「ナセンおじさんを悪くいわないで」とガワン・ギャツォは不満げな表情をした。そんなふうにおじさんのことを言うべきじゃない。

「わかってないな。いい人でも身分がいやしいんだ。貴族の悪い人とは違うよ」

「わかんないよ。貴族でも悪い人は悪い人。いやしくてもいい人はいい人でしょ?」

「君よりもぼくのほうがたくさん知ってるし、たくさん見てるんだ。だって君が生まれたときぼくはもう五歳だったんだからね」とガンツは年長者の口ぶりだった。そしてガワン・ギャツォを引き寄せ、言った。「半日君を待ってたんだ。とても重要な話があったんだ」

「いったいどうしたの?」

「いまから聞くこと、本心からこたえてよ」

「うん、本心からこたえるよ」

「今日から牛や羊の殺し方をおっ父に教わるんだ。もう大きくなったから、屠殺人の子じゃなくて、屠殺人なんだって。わかる?」とガンツは言いながら石を拾い、遠くに投げた。すずめの一群がいっせいに茂みから羽ばたいた。

「わかった。でもそれっていいことだよね。大きくなったんだからね」

「ぼくらって、君のお父とぼくのお父みたいになれる?」

「もちろん」

「わかってないな。屠殺人はいやしいって言うんだよ。人といっしょに坐ってはいけないんだって。人のものを使ってはいけないんだって」

「ぼくは気にしないよ! 肉と骨の上におかゆをかけてはいけないっていうけど、ぼくはかけるよ! 屠殺人が友だちでいいと思うよ。羊を殺す人がいなかったら、羊の肉を食べられないよね。狼と友だちになるんじゃないんだから」

 ガンツは笑って両手を開いて言った。

「いいね! ぼくらはずっと友だちだ」

 ふたりは抱き合ったまま、倒れ、草の上を転げまわった。子牛は迷惑そうに眺めていたが、母牛のほうへ身を寄せた。

 ふたりは地べたに坐り、息を整えた。ガワン・ギャツォは上空を舞う名のわからない小鳥を見ながら言った。

「ガンツ、君に歌を贈るよ。ぼくの誓いの歌だよ」

「いいね! 絶対忘れないよ」

 

ぼくらはいっしょ、永遠に。

とても好きだよ、いつまでも。

白くてきれいなカタのように

縦糸と横糸は離れない

 

「違うよ」とガンツ。

「違わないよ」

「間違いだ」

「一字も間違ってないよ」

「ことばの間違いじゃなくて」と言いながらガンツはガワン・ギャツォの耳元で意味ありげに小さな低い声でさやいた。「これって男の人が女の人にささげる歌だよ」

 

 この一年というものガワン・ギャツォの父親は疲労が蓄積したのか、吐血するようになった。寺の中の線香の灰を食べたり、仏前に供えられた聖水を飲んだりしたものの、すこしも好転の兆しが見えなかった。
 タシ・テンジンは虚弱な身体を持ちこたえるのがせいいっぱいで、数頭しかない牛をわが子に放牧させて生計をたてていた。咳、寝汗、発熱、胸悶、疲労、だるさなど、じわじわと身体が蝕まれていた。彼はそれでもふだんはできるだけ平静を装い、笑いを絶やさないようにしていた。
 ツェワン・ラモはそれを察してひそかに涙を流していた。彼らは悲惨さを伝染させたくないのと、天真爛漫でまだ幼い子どもに辛い思いをさせたくないのとで、病状を隠していた。しかし太くて丈夫に見えていた縄がついに切れてしまう。

 タシ・テンジンは重い頭を塀の上にのせ、なんとか息をしていた。若く美しい妻を見つめながら、力を尽くして話すべきことに集中した。
 彼の思考は霧のかかったはるか遠い山のようにぼんやりしていたが、妻の姿は明月のようにくっきりと、あでやかに現れた。しかしこの十年ですこし老けただろうか。いや、おとなになったのだ。はじめて彼女を見たときのことが忘れられない。

まだ少女だった。緑濃い柳の林のなかに、緑の衣を着た少女がいた。彼女はうつむいて自分のおさげを編んでいた。遠くからどこかの娘が大声で呼んだ。「ツェワン・ラモ、こっちへおいで」と。彼女はこたえず、ただ呼んだ娘のほうを見ただけで、頭を振り、それからまた自分のおさげにもどった。タシ・テンジンは偶然彼女のすぐ後ろに立っていた。

横からのぞくと、はっとするほど美しかった。なんてきれいなんだろう。人じゃない、妖精ではなかろうか。それともなにかの魔術によって現出した幻ではなかろうか。彼はもともと自分がどんな娘が好みかなんて、考えたことがなかった。
 この日、この時、突然あきらかになったのである。そう、彼女だ! この娘が好みなのだ! 理想的な女の子は彼女なのだ! 彼女のすべて、髪の毛一本一本までを見守っていきたいと考えた。だれかほかの男の所有物になるなんて許せなかった。

タシ・テンジンはどうしたわけか突然大胆な行動を取った。一歩前に出て、彼女に話しかけたのである。

「君、ツェワン・ラモっていうんだよね」

 少女は振り返り、おどろいた様子でたずねた。

「どうしてわたしの名前を知ってるの?」

 彼女は首を傾げ、この見知らぬ青年を見て、臆することなく、はずかしそうにすることもなかった。タシ・テンジンは実直そうに「いまだれかが名を呼んだのでわかったんだよ」とこたえると、疑問が氷解したようだった。彼女はしかし駆けて去っていった。タシ・テンジンは自己紹介もできなかったので、その夜、一晩中もがき苦しんだ。俗に言うじゃないか、山と山は出会わない、しかし人と人はまた出会う、と。

翌日、彼らはまた会った。しかしなんということか彼は名をツェタン・ラモだと勘違いしてしまった。彼はへりくだるほどわびたが、彼女はいっこうに意に介する様子はなかった。「気にしないで」と彼女は言ったが、彼はずっと自分を責めつづけた。そのあとの記憶は甘い蜜、あるいは春夏に咲く花のようなで、めくるめくものだった。

 

 彼は話そうとしていたことを思い出した。

「ツェワン・ラモ、あの客人が残していったお金だが、いつかあの方に返すべきではなかろうか」

「ええ、わたし、いえ、わたしたち、かならず返すべきね」と言いながら彼女は涙をこらえることができなかった。

「このことだけが気がかりなのだ……。インドへ巡礼に行くと言って三年もたつのにもどってこない……。まさか盗んだお金じゃ……そしたらだれかが捕まえに来て、おれも取調べを受けて……ま、まさか。お布施でないとしたら寺に寄進すべきだろうし……」

「あの人はゲルク派のラマかしら。それなら妻を娶らないで、わたしたちの子が好きなのかもしれないでしょう」

「あの子を呼んできてくれ」と、タシ・テンジンは血を吐きそうになるのをこらえながら、懐から厚紙のような布巾を取り出し、口を押さえた。

 ツェワン・ラモは村の外へ駆けていった。走るあいだ、さまざまな声が頭の後ろでざわめいていた。あなたの夫、あなたを愛する人、あなたの最愛の人……。走って。遠くまで走って。永遠に走って。そしてもう戻らないの……。自分は存在しなかった。走っているのは自分ではなかった。走っているのは自分と似た女。この女は不憫だった。この女が怖かった。この女は発狂していた……。

 彼女はもとの自分にもどっていた。自分の子の手をとり、夫の前に連れ帰ることができた。

 タシ・テンジンは上半身を起こし、わが子の頭を撫で、息も絶え絶えに語った。

「お父はおまえに何も残せない……財産もない……せめて……知識を……自分で……」

 彼は最後の力をふりしぼって片手で子を、片手で妻をつかんでいたが、突然その力がすっと抜け、前のめりに倒れた。その目は閉じられていた。

 ツェワン・ラモは彼の両肩を抱き、揺り動かした。まるでそうすれば深い眠りから覚めるかのように。夫はまだ痛みを感じるのではないか、揺すれば起きるのではないかと思った。

 父親がふたたび起きることはなかった。母親は意識を失って夫の胸に顔を寄せていた。まるでふたりは仲良くいっしょにすやすやと眠っているかのようだった。

 ガワン・ギャツォは足元ががらがらと崩れていくように感じた。家の柱が倒れてくるように感じた。また自分が岩で、山頂から谷底に落ちて粉砕したかのように感じた。彼は大声を出して泣いた。こんな大声を出して泣くのははじめてだった。

 そのとき門から飛び込むように入ってきたのはナセンだった。タシ・テンジンのそばに跪き、おいおいと嗚咽しながら死者を責めた。「おまえ、おまえったら、なんでおれをかわりにあの世へ行かせなかったんだ……」

 

 タシ・テンジンが生きていた頃、ツェワン・ラモにはまだ少女らしさが漂っていたが、現在は母性のみが残っている。わずかのあいだに若妻は中年の母親になったのだ。彼女は亡き夫への愛情をすべて子どもに注いだので、ガワン・ギャツォは倍の慈しみを受けて育ったのである。

 ガワン・ギャツォはまるで突然大きくなったかのようだった。何年もどこかで学んで戻ってきたかのように、考え方もしっかりし、推量することができ、母のことを思いやることができた。

 彼は母親の愛情の海の深みで守られていた。あたかも何者にも襲われることのない小魚のように。この広い、私心のない海の水は、父親を失った悲しみを洗い流してくれるだろう。

 毎晩、冬は炉辺で、夏は星と月の下で、彼は母親の話す民話や伝説を聞いた。また母親の無尽蔵の歌を聞いた。その明快なことば、鋭い譬え、小気味のいい節回し、それらは彼をうっとりとさせた。その朴訥さ、誠実さ、深い情緒に彼は感動した。
 これらのことばや感情の珠玉の連なりはもちろん母が作り出したものではなく、何千何万の人々の心の中で培養されたものだった。この代からつぎの代へ口から口へ伝わっていく。彼と母もその一部だった。群集と一体で、区別はつかなかったし、つけることもできなかった。母の妙なる韻を踏んだ詩句は村の外でも中でも、いつも聞こえていた。牛や羊が放牧された丘の上にいるとき、大麦を打つとき、屋上の平らな屋根を固めるとき、土壁を築くとき、石を背負って運ぶとき、祭りの日の広場に人々が集まったとき、その調べは高らかに響き渡った。
 民歌に関しては、彼は木に釘を打つように覚えることができた。彼の理解力はお茶に入れるとさっと溶ける塩のようだった。これらの歌を母親と同様親しみ、故郷と同様愛し、雪山と同様敬った。

 それから三年がたった。ガワン・ギャツォは九歳になった。楽しいことは多かったが、とくに詩歌を覚えれば覚えるほど幸せだった。

 ある日、村にひとりの年長のラマがやってきた。ラマの年相応のふるまいや闊達さによって人々の信頼と尊敬をあつめていた。

 ラマは宣言した。

「仏の御心により、ツォナ・ゾンにおいてひとりの選ばれし児童を寺院に入れ、学ばせることとする。その場所はポラ山の麓のパサン寺である。その者の名はガワン・ギャツォである」

 ポラ山は村の北方、ずっと遠くにあり、それに通ずる一本の道は美しく壮麗な風景のなかを上っていった。人々がつねに名を口にするような知られた山だった。ガワン・ギャツォはしかしぼんやりとした印象しかもっていなかった。

 この知らせはあまりにも重大で、突然だった。ツェワン・ラモは心を取り乱し、長く一言も発することができなかった。ガワン・ギャツォはといえば、期待と不安が混じった複雑な感情が去来していた。
 彼の好奇心と知識欲は新しい場所を知りたがったし、まだ見ぬものを見たかったし、別の世界に触れてみたかった。いまの生活は幸福で、おだやかで、何もかわらなかったが、ときめかせるものに欠けていた。とばいえ母のもとを去ること、父の影や声の残滓がある家を去るのは耐えがたかった。それにいつも遊びに来るガンツ、夕日の輝きのなかを立ち昇る炊煙、日々大きくなる子牛、それらを置き去りにできるだろうか。 寺に迎えられるというのはどういうことなのだろうか。ラマが選んだというのは、誇らしく嬉しいことなのか、それとも不測の事態が起ころうとしているのか。判断する力は自分にはなく、母とナセンおじさんに頼るしかないだろう。

 この老ラマは元来パサン寺に所属していたわけではなかった。デシ(摂政)サンギェ・ギャツォが派遣した六名のヨンズィン(高僧のための家庭教師)のうちのひとりだった。サンギェはガワン・ギャツォにダライラマになるための特殊教育を与えるため、この六人を派遣したのである。
 彼らはすべてに精通した仏教学者であり、各派の教義にも通じていた。ダライラマ五世が用いた方法をガワン・ギャツォは取り入れた。五世はゲルク派の頂上に君臨していたが、多くの非難にもかかわらず、ポタラ宮のなかに別の教派の高僧ラマを何人か常駐させていた。五世のか考えでは、教派によってさまざまな見解がある状況では、どれかを選ぶより、みなを集めたほうがいいということである。

 この六名の僧はラサ出発の前、代理のサンギェ・ギャツォから、実際は存在しないダライラマ五世の勅命を賜った。彼らはツォナ地方に達してからは、ラサから来たとは言わなくなった。
 ツァン地方のいくつかの寺院から、仏教を振興させるため、学術交流するため、新しい僧を育てるためにやってきて、寺院の再建も行うと述べた。ガワン・ギャツォに関しては、だれかが聡明な子どもであると推薦したということだった。サンギェ・ギャツォは彼らに、隠し立てはするな、政治的なことに巻き込まれないように気をつけろ、不必要な摩擦は避けよ、と重ねて言った。

 彼らはサンギェに、彼らが五世に対する敬愛の気持ちを持ち、従順であること、情熱にあふれていることを五世につたえてほしいと懇願した。パサン寺は彼らを大歓迎した。子どもを寺で学ばせることにみな賛同した。名簿のなかにガワン・ギャツォの名が含まれていることにだれも注視はしていなかった。このような事の推移をガワン・ギャツォも母親も関知しなかった。

 

 母と子はあばら家のような家にいた。

「お母、ぼくは行くべきなの、行くべきでないの?」とガワン・ギャツォは母に問いただした。「お母の意見を聞きたいんだ」

「仏の御心にしたがうべきだわ。仏から賜った恩恵ではないかしら」とツェワン・ラモはやさしく言う。「あなたはどう思うの?」

「お父が言ったんだ。宝物で自分を飾るように知識で自分を飾ってはいけないって。ぼくはでも知識を学びたい。字を読むためには寺に行かないと。書籍は寺のなかにしかないんだもの」

「そのとおりね。お父さんがそう言ったのなら、あなたは寺に行くべきだわ」

「家にお母だけ残るとすると、だれがお母を助けるの? ぼくしかいないよね」

「いい子ね。私のことは考えなくていいから。学問をする人は仏のことだけ考えればいいのよ。来世のことを考え、衆生の苦難のことを思えばいいの。もし将来受戒して、正式に僧侶になったら、ますます家にはもどれなくなるわ」

「ここのお坊さんは家で仕事してるんじゃないの?」

「それはニンマ派だからよ。あなたがどの教派を信じることになるのかわからないけど」

「ぼくは家にいてお母を助けることのできる教派がいいな。お母を置いていくことはできない」

「なんていい子なの。でも私はそんなに年じゃないし、健康よ。ナセンおじさんやガンツが助けてくれるわ」と話すツェワン・ラモの目は涙でいっぱいだった。わが子を抱き寄せながら言った。

「あなたは頭のいい子よ。性格もいいわ。またこんな機会があればお父さん以上に学問のできる人になれるでしょう。さあ、行きなさい」

「お母、泣かないで。ずっとそばにいるから、泣かないで」

 

 翌朝暁の頃、ガワン・ギャツォはさほど大きくない皮袋を持ち、老僧の馬の後ろについて村から出て行った。

 ずっと歩いた後振り返ると、母は卵石の石垣の上に立ち、かすかに身体を前に傾けてこちらを見ていた。斜めから霞がかった光が射し、白衣を紅色に染めていた。その姿は白のターラ女神の像のようだった。

 彼は思い切り「お母!」と叫んだが、その声は自分にしか聞こえなかった。彼は手を挙げ、母にわかるように振った。するとツェワン・ラモは両腕を高く掲げた。ああ、やはり女神像ではなくて、お母だ! と安心した。

 北に伸びる馬蹄のあとに沿って進む。もう一度振り返ると、母は両手に顔をうずめていた。それが彼の見た母の最後の姿になるとは夢にも思い至らなかった。

 

 どこからか彼がよく知っている歌声が聞こえてきた。郷里の歌声だ。

 

深い谷に積もる白雪

巍巍と聳える高山の装い

融けるなかれ、どうか三年は。

 

深い谷に咲く美しい花

あでやかさは谷の装い

萎れるなかれ、どうか三年は。

 

故郷の聡明な少年

母の心のなかのぬくもり

別れるなかれ、つねにともにありて。

 

 歌声は山の上から響いてくるようでもあった。雲から湧き上がってくるようでもあった。抑揚にも憂鬱さがあり、深く重苦しい悲哀がにじみでていた。聞けば聞くほど涙が出てきそうだった。この歌を聞いてこんなふうに心を動かされたのははじめてだった。

 彼の純真な幼い心は、自分が花の羽の生えた鳥になり、はばたいて故郷を離れ、天の外へ飛んでいき、はるか遠い世界を眺め、連なる高い山のかなたにあまたの奇妙な美しいものを見つける、という幻想を抱いた。現実も彼は高い山のほうへ行こうとしていた。夢の中と同様に見も心も軽く、飄々と飛んでいるように感じられた。しかし彼の足取りは重く、歩むたびに草履は地面とこすれて摩擦音を出した。あたかも泥濘から苗木を抜き取っているかのようだった。

 結局のところ彼はまだ子どもにすぎなかった。はじめて母から離れ、故郷を去り、見慣れたものと離別しなければならなかった。これらはすべて実際に起こっていることだった。後方にそれらを置いていく一方で、前方には待っているものがあった。それらはまだ曖昧模糊としていて、幻のようなものではあったが。

 彼はもう一度ウギェン・リン寺を見ようとしたが、すでに村里自体がぼんやりとしか見えなかった。目を凝らして母の姿を捜し求めたが、もう何も見えなかった。

 十一月の北風が山から吹き、顔は凍ってしまいそうだった。北、北。北には何があるのだろう。

 路上で水がいっぱいに入った桶を運ぶ人と出会った。それからレパン湖の湖畔で新婦を送る儀式の隊列と遭遇した。母が言うように、家を出た人にとり、このようなことは吉兆なのだろう。

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